血潮が語るは嘘と真











「‥‥‥‥あ」

紅く染まった左手。
反対の手に握る小振りのナイフが血に染まった。

「参ったなぁ」

少しも困ったような表情などしないまま、はこてんと首を傾けた。














気分良くドライブ中。
個人設定にした軽快な音楽が流れて、哀川潤は携帯を開いた。
ディスプレイには自分からかけてくることは滅多にない友人の名前。
珍しいと軽く驚きながら、請負人はボタンを押した。

「どうしたよっち」
「いま暇?」
「運転中だな」
「じゃあ来て。ちょっと‥‥、やっちゃった」
「は?」

ブツリ。
聞き返そうとしても聞こえてくるのはツーツーという拒否音だけ。

ぽいっと携帯を隣りの座席に転がして、彼女はアクセルを一番奥まで踏み込んだ。















!」

ドアを壊す勢いで現れた友人をみて、はかすかに笑った。
哀川潤をここまで慌てさせられるのは世界広しといえどもだけだが、
残念ながら本人はそれを自覚していなかった。
それでも普段滅多に表情を変えない彼女が薄く笑ったのは、今日が今日だったからだ。

「早かったね、潤」
「おうよ、あたしを誰だと思ってんだ?」
「あかいひと」

哀川潤が誰かと聞かれれば、はいつもそう答える。
は左手を軽く持ち上げて、ついでにこれはあかいうでと言った。

「ついやっちゃった。どうしよう?」

左手にはナイフが握られ、腕共々血で紅く染まっていた。
請負人の目が驚愕に見開かれる。

「‥‥約束は」
「うん、破っちゃった。だから、どうしようって」
「あの人が知ったら殺されるぞ?」
「だよね‥‥」

どうしようと言いながらも、はどうでもいいとばかりにひどく落ち着いていた。
反対に請負人の顔は真剣そのもので、忌々しげにちっと舌打ちをする。

「しょうがねぇ、あたしが匿ってやんよ。死体処理も任せろ。
 情報操作は玖渚にやってもらえ。それでも駄目だったら諦めろ」
「確実にばれると思うけど」
「んなこたわかってるっての」

あーくそ、と哀川潤は頭を抱えた。
全く、この友人はいつも自分の調子を崩してくる。
きっと哀川潤をよく知る他の者が今の彼女をみたら天変地異の前触れか!?などと騒ぐだろうが、
にとっての哀川潤はこれがそうなのだった。
は普段の彼女らしくなく、何か面白いものをみているような微笑みを浮かべて友人をみている。
その視線に気付いた請負人はむっと眉を寄せた。

「おいこら、お前もちょっとは何かしろ。自分のことだろ」
「そうでもないよ。ああ、でも、確かにちょっとはきついけど。
 ここまで潤が焦るなんて思わなかったから、面白くて。つい」
「はぁ? お前命の危機が迫ってんのわかってるのか?」
「そんなに危機じゃないしね」
「何言って‥‥」

ふと、そこで哀川は言葉をきった。
その視線はの左手に注がれている。
いや、正確には、左手から滴り落ちる血液に、だ。
先程からぱたりぱたりと止むことなく垂れ続けている血は、小さな血溜まりを作っていた。
哀川の目が剣呑に細められる。

「‥‥
「なに?」

いつもより数段低い声で問われても、は相変わらずの調子だった。
何かを含んでいるような微笑みで、まっすぐに哀川をみている。
挑戦的ともとれるその瞳に、哀川潤の中で何かが火をつけた。

「血の量が多すぎるな」
「そう?」
「腕だけ返り血を浴びるのは不自然だ」
「そうかもね」
「死体もない」
「殺してすぐ移動したのかもよ」
「なら通った道に血の跡があるはずだな」
「うん、その通り」

「‥‥‥‥

だんだんと声が低くなっていく友人に、は内心でぺろりと舌をだした。

(‥‥遊びすぎたかな)

友人の声はかなり低くなっている。
そろそろ限界だろう。
射殺すような視線を受けて、は降参と言わんばかりに両手をあげた。

「ごめん潤。殺ったの嘘」

あっけらかんとは言った。

ちん、いくら心の広いあたしでも、その嘘は結構キツいぜ」
「だって丁度良かったから。さて問題、今日は何日?」

の言葉に請負人はやられたぜと二度目の舌打ちをした。
かつかつと足音を響かせて友人に近付き、首に腕を回して肩を組むように身体を密着させる。

「このあたしにエイプリルフールか。良い度胸じゃねーの」
「うん? でも私、やったとは言ったけど殺したとは一言も言ってないけど」

との会話を思い返す。
思わず哀川はのこめかみあたりに頭突きをした。

「ややこしい言い方してんじゃねぇよ。じゃあこの血は」

の左手は確かに本物の血で濡れていた。
止まることなくぽたぽたと流れ続けている。
と、そこで哀川は気付いた。
の肌は日にさらされたことが一度もないかのように白いが、今日はやや青白い。
まるで、血が通っていないみたいに。
案の定はこう答えた。

「私の血」

ひらひらと左手を振ってみせる。
パタタッと紅が数滴飛んだ。

「ナイフ研いでたらつい切っちゃって。せっかく怪我したんだし、これ使えるなーって。
 でもさすがにちょっと血出過ぎたかも。寒い」
「‥‥馬鹿だろお前」

今度こそ呆れて、最強の請負人は脱力した。



















「なあ、。お前確か自分での試し切りも含む自虐行為も禁止されてたよな?
 いくら事故っつったって怒られるんじゃねぇのか」

「‥‥あ」



















これは、と人識が出会う前のお話。


























血潮が語るは嘘と真 end.         2007.4.1

こ、こんなんでいかがでしょうか知花様!
哀川さんの口調を失敗した感がひしひしとしますが、そこはあえてスルーしてください(泣)
補足説明というか‥‥、書ききれなかった言い訳代わりに補足しておくと、
はとある人物との約束で人殺し及び自傷行為を禁止されているのです。
で、そのとある人物はかなり怖いひと。
本来なら本文で誰かに語らせるべきなんですけど、
私の実力不足のせいでできませんでした(がっくり)
返品可ですので、遠慮なく言ってくださいね!!(必死)
こちらこそ、これからも仲良くしてやってください♪

星占星華